晴耕雨筆

Magic: the Gatheringの様々な楽しさをあなたへ。

【SS】暗い森で

ダームは先を急いでいた。

 

明日の朝までにガツタフに荷を届けなければ、親方に叱られてしまう。

 

銀で出来た矢は重かったが、それは彼の命より価値のあるものだ。

 

深い森の小径は夜の訪れと共に徐々に暗くなっていく。

 

アヴァシンが帰還してから、闇の勢力による被害は格段に減った。

 

狼男のほとんどがウルフィーとなり、グールやスカーヴを操る者共の数も少なくなった。

 

それでもまだ、武装する必要が無いわけではない。

 

天使が世界中を飛び回り、聖戦士が各地に派遣されても、奴らは影でコソコソ動き回っているに決まってる。

 

皆、そう言っているし、ダーム自身もそう感じていた。

 

昨晩ドルナウの酒場で会った男も、非常に怪しかった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「お兄さん、ちょいと。」

 

座っていた自分に背の高い細身な男が話しかけてきた。

 

「知ってますかい?ウルヴェンワルドの奇妙な噂。」

 

ドキリとした。

 

「なんで――」

「いやいや、すいません。船着場でのお話が耳に入ってしまったものですから。」

 

小奇麗な格好をした彼は、話しながら自分の隣に座った。

 

「悪いことは言いません。あの森を抜けるのはおやめなさい。」

 

そう、ケッシグ州は内陸の地で、そこに到るには深い霧に覆われた森林を抜けなければならない。

 

「どうしてでしょうか?」

 

心の動揺を悟られないように、可能な限り平静を装って聞いた。

 

「人喰い婆が出るからです。」

「ひ、人喰い!?」

 

驚いた私に、男は指を立てて静まるよう諭した。

 

「聞いたところによると、そいつは若者を襲い、そのまま喰ってしまうそうです。」

 

ヒソヒソ声で素早く言うと、彼はニンマリと笑い、こう続けた。

 

瞳孔が開き、真っ直ぐこちらを見ている。

 

「あなたみたいな、柔らかそうな肉をね。」

 

冷や汗が背中を伝う。

 

「し、しかし。行かねば……」

「どうしてもと言うのであれば。」

 

「婆の目の効かぬ、暗い時がいいでしょう。そしてお荷物をお忘れずに。」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

ここまで鳥の鳴き声以外は何も聞こえなかったし、誰とも会わなかった。

 

恐ろしい話だが、酒の席でのことだ。

 

身なりの良さそうな奴だったが、やはり見た目に騙されてはいけない。

 

森の出口までは、あと少しだろう。

 

 

 

「助けて……」

 

背筋が凍った。

 

何処からか、幼い声がする。

 

迷子だろうか?

 

振り向かぬよう注意しながら、耳をすます。

 

「お母さん……」

 

前方の樹の根元だ。

 

見つからないようにそっと近付く。

 

暗闇に目を凝らすと、少女が縮こまって震えていた。

 

「誰か……」

「お嬢さん。」

 

彼女は驚いてこちらを見た。

 

目には涙を浮かべている。

 

歳は10にも満たないだろう。

 

「貴方は……?」

 

「通りがかりの旅人です。どうされましたか?」

 

ほっとしたような表情でその子は答えた。

 

「足を挫いてしまって、動けないのです。」

 

見ると腫れて赤くなっている。

 

柔らかそうな、白く透き通った肌が。

 

「申し訳ありませんが、村に助けを呼んで頂けませんか。」

 

「村はすぐ近くなのですか?」

 

少女は小さく頷く。

 

「では、私がおぶって行きます。ここに一人にするわけにもいきませんから。」

 

不安そうだった表情は、美しい笑顔に変わった。

 

「さあ、行きましょう。」

 

彼女の前に背を向けてしゃがみ、手を伸ばす。

 

 

 

ふと、不思議なことが脳裏に浮かんだ。

 

矢筒を持っているだろうか?

 

 

 

そして白い手が私の首筋に触れ――

 

 

 

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